~中津江村の旬の情報をお届けするニュースサイト~

森川緑ニュース

2003年07月15日

第13回 津江の木  by midori

第13回目は、
津江の木について、
高校1年生の川津 良輔さんと石川 寛嗣さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)

僕達は津江中学校の2年生です。僕達は、津江の木の事について調べました。

まず、津江の木には、大きく2つに分けると、杉とヒノキの針葉樹が主だと思います。なかでも、宮園神社にある杉の大木は、樹齢300年を超えているということです。また、「200海里の森づくり」も推進され、森林を大切にしています。津江は深く、木と関係しています。

そして、そんな木を利用して「トライウッド」という会社では、森林を管理し、より良い生活を求めるために、木をいろんな形に切ったり、加工したりしています。また、「ウッドトレー」という会社では、いろんな物に使える環境にやさしいトレーを作っています。

中津江村には「ウッドアイ(村民ホール)」という、杉の木をふんだんに使った文化ホールもあります。木の香りのする暖かい雰囲気のホールです。ウッドアイというのは「木目」という意味でつけられたそうです。

このように上・中津江村では木をたくさん利用して、村民の生活に役立てています。津江と木は、切っても切れない関係なのです。

2003年06月15日

第12回 村の自然  by midori

第12回目は、
村の自然について、
高校1年生の永瀬誠さん、古賀千尋さん、谷部有加子さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)

私達は、津江村の四季の自然について調べました。

春は、上津江にあるシャクナゲ園で咲くシャクナゲがきれいです。夏は、津江のきれいな川で泳げます。また、森林に囲まれ、すごく涼しくて、居心地がよいです。

秋は、周りにある山が紅葉に染まり、とても美しいです。また、中津江村では、「紅葉祭り」というのがあります。冬は、雪が積もりいろんな遊びができます。
「かまくら」、「雪合戦」、「雪だるま」etc…いろいろあります。飽きのない津江に遊びに来て下さい。    

2003年05月15日

第11回 津江の自然  by midori

第11回目は、津江の自然について、
高校1年生の長谷 俊太郎さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)

今回、僕は中津江の自然について、考えてみたいと思います。
中津江村は、大分県の西部に、位置する、人口約千三百人の、小さな村です。
そして、約97%が、森林という、自然に恵まれた村です。しかし今は過疎化が進み、人がいなくなる代わりに、動物がたくさんいます。

例えば、イノシシ・イタチ・タヌキ・キツネ・野ウサギ・メジロ・キツツキ・カワセミ・ウグイス・フクロウ・鷹などがいます。川には、ヤマメ・アユ・ウグイ・ドンコ・イシムシ・ハエ・コイ・フナなどがいます。森には、オオクワガタ・カブトムシ・ノコギリクワガタなどが、たくさんいます。
こんなに小さい村だけど、たくさんの動物がいます。

あなたも、この自然溢れる中津江に、立ち寄ってはいかがでしょうか?きっと、いろいろな動物に会えると思います。

2003年04月15日

第10回 昔話~酒呑童子山(しゅてんどうじ)  by midori

第10回目は、昔話~酒呑童子山(しゅてんどうじ)について、
高校1年生の遠坂恵子さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)

こんにちは。
「将来は、人がしない事をしたいな…。」と思う今日このごろです。
今回は、私が今住んでいる中津江村と、上津江村の村ざかいの酒呑童子山(しゅてんどうじ)に伝わる昔話をご紹介いたします。(言葉はもちろん津江弁です。)

これは昔々、まだこのへんが、大分県じゃなく、豊後っち言われよったころのお話。

  豊後と肥後(熊本県)と筑後(福岡県)のさかいにある日田ん村に,男の子が生まれた。
その男の子っち言うのが、ふつうの子とは違って,酒を呑むあかごやった。
そこでその子は、酒呑童子と名づけられた。

  時がたち酒呑童子も大きくなると,酒を呑む量も増ていった。ある日,酒呑童子がいつものようにごくごくと酒を呑み,道に小便をしていた。すると、驚いたことに、そこらへんの草花が、にょきにょきとのびていった。

  それからと言うもの、酒呑童子はそこらじゅうのむらのやせ畑、やせ田にひっぱりだこになった。
そんなある日,そん日田んむらに、青鬼がでるっち言ううわさがながれた。なんでもその鬼は,若い娘をさらっては食らうっち言うことやった。それに憤慨した酒呑童子は、一升ひょうたんを片手にその鬼の住むという山へとかりだした。

  さて、ようやく山についた酒呑童子は、ついに鬼にあった。するといきなり鬼に、申しでた。
「酒の大呑みで、勝負をしよう。 もし私が勝ったら、もう娘は食らうな。」
そしてとうとう酒呑童子と青鬼の勝負は始まった。まず一升目、青鬼がごくんと一口で呑んだ。すると酒呑童子も負けずにこっくんこっくんと呑む。二升目も青鬼は、ごくんと一口で呑み、酒呑童子も負にこっくんこっくん。
そうしよるうち、四十五升目をこえたころから、青鬼が、だんだん赤鬼になってきた。それでも酒呑童子は、こっくんこっくん。とうとう五十一升目を呑はじめると,赤鬼はどしんっちたおれた。それでも酒呑童子はこっくんこっくん呑み干して、とうとう青鬼との勝負に勝った。

  一息ついた酒呑童子は、たまっためいいっぱいの小便を、山の上から赤くなった青鬼に向けて放った。すると、その小便は、大きな青鬼をどんぶらどんぶら流していった。その流れが今の津江川になったっち。
そして、その山を、人々は酒呑童子山と呼ぶよになったっち。

                 ~ 終 ~  

 どうでしたか?このお話に出てきた「酒呑童子山」は、本当に中津江村と上津江村の境にあるんですよ。ぜひ登ってみて下さい。 この他にも、津江にまつわる昔話はたくさんあります。 ぜひ津江に、お越し下さい。

2003年03月15日

第9回 津江の福祉センター  by midori

第9回目は、津江の福祉センターについて、
高校1年生の山口麻衣さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)

こんにちは。
私は、津江の高齢者福祉センターの事について紹介したいと思います。

津江には、中津江村の安寿苑と上津江村のやすらぎ苑とがあります。
そこで、おじいちゃんやおばあちゃんは、ゲートボールをしたりして楽しんでいます。また、やすらぎ苑では書道教室を行ったりもしています。 そして、3時にはおやつを食べたりもしています。
私も一度、体験学習で行ってみたことがありますが、おじいちゃん達は本当に楽しそうでした。
また、やすらぎ苑で働いている人達は、「おじいちゃん達が毎日健康で、来てくれるのが一番うれしい。」と言っていました。
私は、この福祉センターの事を調べていて、私もこの仕事についてみたいと思いました。
津江には、こんないい福祉センターがあるのでみなさんも是非一度、津江に来てみて下さい。

2003年02月15日

第8回 鯛生金山の歴史  by midori

kinzan.jpg第8回目は、鯛生金山の歴史について、
高校1年生の合谷瑛子さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)

私は、中津江村でも有名な、鯛生金山について、説明します。
まずは、鯛生金山の名前について、説明します。

 昔、鯛生の地域でお金持ちだった、田島家に、菊池家の人がお嫁に来ました。 菊池家はお嫁に来るのに、生きている、雄・雌の鯛を持って来ました。 菊池家は、鯛を持って川の付近を通りました。 通っている最中に、鯛がとびはね、川に入りました。 そして、近くの石に、とびのって、あっという間に、金になってしまいました。 それから、その付近のことを、「鯛生」とよぶように、なりました。 その後、そのあたりでは金が見つかり、金山をつくったので、「鯛生金山」と呼ばれるようになりました。  

 これが、鯛生金山の由来です。  昔は、金を掘っていましたが、いまでは金の採掘はしていません。「鯛生金山」は現在、 観光施設となっていて、坑道の中を見学できます。坑道の中は、年間を通して14℃前後に保たれていて、夏はとても涼しくて快適です。 夏の避暑に「鯛生金山」を訪れてみませんか?

2003年01月15日

第7回 津江の川の生き物  by midori

第7回目は、津江の川の生き物について、
高校1年生の前 彰亨さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)


今回僕が調べたのは、上津江村の川の生き物です。

その中でも、浦という地域の川を中心に、調べました。この川には、鮎や山女など、15種類以上の魚がいて、平日でも、釣りに 来る人がいます。しかも、釣りのエサにも使える、川虫がいます。 それに、川に、カワセミ・ヤマセミ・メジロ・ウグイスなどがいて、バードウォッチングも楽しめます。

キャンプもできて、ご飯のおすすめメニューは、釣った魚の塩焼きです。自分で釣った魚を、その場で食べるとおいしいですよね~。でも、ちゃんと許可をとって下さいね。 もし、津江に来ることがあったら、自然をぞんぶんに楽しんで下さい。

2002年12月15日

第6回 養殖「森のヒラメ」  by midori

第6回目は、養殖「森のヒラメ」について、
高校1年生の足達 幸人さんと荒木 恭平さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)

日本でも珍しい森の中で養殖している、「森のヒラメ」を紹介します。

上津江村では人工的に海水を作り、その中にヒラメの稚魚を入れて養殖しています。 そして、それらの稚魚は大きい物だと30㎝ぐらいになるそうです。 そのヒラメを養殖している、役場の職員の人が網で上げ、僕たちにおいしいヒラメを、届けてくれました。学校の給食でも、そのおいしいヒラメが出されたことがあります。 その味は、太平洋の底深くにいる天然のヒラメと同じくらいおいしいと思います。

ぜひ森のヒラメを食べてほしいと思います。

2002年11月15日

第5回 『なば』  by midori

第5回目は、なばについて、
高校1年生の藤内 祐介さんと山田 祐貴さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)

僕たちは上・中津江の特産物について調べようと思いました。そこで、僕たちの頭の中に浮かんできたのは、特産物の一つ「キノコ」です。キノコと言ってもいろいろあります。椎茸・エノキ・しめじなどたくさんあって、全部言おうと思っても、とてもじゃないけど言えません。

そこで僕たちは,キノコの中で一つの種類に絞りました。
その名は「なば」と言います。
「なば」の本当の名前は、皆さんもよく知っている「椎茸」です。そこで僕たちは、椎茸について追求することにしました。

追求したこととは,おいしい食べ方です。
僕たちのおすすめは、大きな椎茸を丸ごと焼いて食べることです。これは一言で言うと「うまい。」です。皆さんも食べたいと思ったら上津江村・中津江村に是非来てください。

2002年10月15日

第4回 「紙を食べた人の話」 by midori

第4回目は、「紙を食べた人の話」について、
高校1年生の川津一歩さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)


私は、津江の昔話を調べてみました。短い話なので読んでください。

津江んもんが町(日田)に行って、そうめんを食べたそうである。初めて食べたので、大変珍しく、また、おいしかったので、お土産に持ってかえってみんなをびっくりさせようと思った。
それで店に行ったが、そうめんの名前がわからなかったので、「しろして、なげえもんくれえ。」と言った。店の者は首をかしげてしばらく考えていたが、七夕のとき使うこよりのような長い紙を渡した。
それを持って帰って煮て食べたが、なかなか噛み切れないので、そのままのみこんだので、口から尻まで紙が続いたということである。

2002年09月15日

第3回 「津江の昔話」  by midori

第三回目は、「津江の昔話」について、
高校1年生の川津沙織に紹介してもらいます。(文章は津江中学2年生時のものです)

こんにちは。私は、中津江村にある津江中学校の2年生です。 今回は、上津江村・中津江村ともに、昔から伝わっている昔話を紹介したいと思います。これは、ほんの一部の昔話ですが、読んでいただけると光栄です。

今からお話するのは、昔の津江のお話です。

 その昔、津江には長谷部氏の支配により平和な日々を送っていた。しかし、天正6年大阪・島津の合戦の時、日向の耳川で島津方に大友方が敗れ、全滅しようという時に、大友方の中に「津江かんじょう」という武士がいて、この世のなごりにと笛をふき始めた。「敵ながらあっぱれな武将だ」と島津方の武将も口々にほめて、早々に引きあげてしまった。 津江に帰った「津江かんじょう」は、大友氏の支配を受けていたが、大友氏が豊臣秀吉のいかりにふれてお家断絶になった。 それで津江氏も断絶し、その一族は庄屋となり、地域のために働いたそうである。

 津江の昔話はどうでしたか? すごく短かいけれど、津江に興味を持っていただけたでしょうか。 これからも、津江をよろしくお願いします。

2002年08月15日

第2回/「津江の魚たち」 by midori

yamame198.jpg第2回目は「津江の魚たち」について、
高校1年生の松野成浩さんと三苫俊さんに紹介してもらいます。
(文章は津江中学2年生時のものです)

僕達は、津江の魚について調べました。

特に、たくさん魚がいるのは、市ノ瀬というところです。 アユやヤマメなどがいます。 他にも、ウグイやオイカワやコイなどがいます。 ウグイは、尾びれがオレンジ色でとてもきれいな魚です。オイカワは、青くなっているのが特徴です。

津江には,きれいな魚がたくさんいるので、ぜひ、遊びに来てください。

2002年07月15日

第1回 「宮園神社 麦餅つきまつり」  by midori

mugimochi_image.jpg
第1回目は、今年も7月15日に行われたばかりの
「宮園神社 麦餅つきまつり」について、高校1年生の早川ひかりさんに紹介してもらいます。(文章は津江中学2年生時のものです)

こんにちは!! わたしは津江が大好きです! 津江は自然は多いし、村の人達もとってもいい人ばっかりです。 そこで今回はそんな津江のちょっとした昔話を紹介したいと思います。

 このお話は、中津江村に400年前からある麦もちつき祭りと言う お祭りについて、語った昔話です。

 宮園神社には、麦もちつき祭りがある。 この祭りは、この地方を支配していた長谷部信連が、大友氏の命で、日田や玖珠の山賊の征伐に出かけることになり、 その先勝祈願のために始めた祭りであると言われている。 そして、餅米ではなくて麦をむいて、かしの木の長棒で、男達が盛大に暴れながらついていた。 餅つき歌というのがないので、みんなワーワーと言いながらつくだけだった。

 その時、とてもみすぼらしい女が現れて歌を歌ってくれたそうである。 そしてみんなが「いわいめでたやもっつきもっつき」と覚えたころ、 ふっとその女の姿が見えなくなった。 それで「今のは老松様かもしれない。」と祭壇のほうを、 ふしおがんだということである。


 どうでしたか?この麦もちつき祭りは、今でも中津江村で毎年行われています。 今でも男の人たちが、ふんどし一枚の姿で当時のように歌を歌いながら、麦餅をついています。 私は参加したことがないけど、とても、おもしろいらしいです。 これからも、このお祭りは続けていってほしいと思います。 みなさんも一度見に来ませんか?

第1回 「宮園神社 麦餅つきまつり」  by midori

mugimochi.jpg第1回目は、今年も7月15日に行われたばかりの
「宮園神社 麦餅つきまつり」について、高校1年生の早川ひかりさんに紹介してもらいます。(文章は津江中学2年生時のものです)

こんにちは!! わたしは津江が大好きです! 津江は自然は多いし、村の人達もとってもいい人ばっかりです。 そこで今回はそんな津江のちょっとした昔話を紹介したいと思います。

 このお話は、中津江村に400年前からある麦もちつき祭りと言う お祭りについて、語った昔話です。

 宮園神社には、麦もちつき祭りがある。 この祭りは、この地方を支配していた長谷部信連が、大友氏の命で、日田や玖珠の山賊の征伐に出かけることになり、 その先勝祈願のために始めた祭りであると言われている。 そして、餅米ではなくて麦をむいて、かしの木の長棒で、男達が盛大に暴れながらついていた。 餅つき歌というのがないので、みんなワーワーと言いながらつくだけだった。

 その時、とてもみすぼらしい女が現れて歌を歌ってくれたそうである。 そしてみんなが「いわいめでたやもっつきもっつき」と覚えたころ、 ふっとその女の姿が見えなくなった。 それで「今のは老松様かもしれない。」と祭壇のほうを、 ふしおがんだということである。


 どうでしたか?この麦もちつき祭りは、今でも中津江村で毎年行われています。 今でも男の人たちが、ふんどし一枚の姿で当時のように歌を歌いながら、麦餅をついています。 私は参加したことがないけど、とても、おもしろいらしいです。 これからも、このお祭りは続けていってほしいと思います。 みなさんも一度見に来ませんか?

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