秋の山々をパステル模様に彩った紅葉も、冬の訪れとともに大地をやさしく包む床となり、春に芽吹き、夏に息づいた緑の葉はススキの銀色の波の襲来でその役目を終えつつある。
枝と幹だけになった木々には鮮やかだった葉の代わりに、紅葉に負けないほどの色とりどりのイルミネーションの明かりが輝いている。気が早いなーと思っていると、もう12月だ!そう、カレンダーも残り1枚になり、年賀状も早々と用意され、何やら飲む機会も多い(それはいつものこと?)
近所のあいさつも「最近めっきり寒くなりましたねー」が決り文句で、そういう私も最近は「今日は暖かいですねー」、「久しぶりの恵みの雨ですね」なんて、さしさわりの無い天気のあいさつで話しを始めてしまう。齢40を越すと、こじゃれた話しもできないしなー・・・
12月といえば我が家でもファンヒーターが本来の任務に就くようになった。エアコンのない我が家では、一年中ファンヒーターと扇風機が同居している。エアコンがないのが理由じゃないでしょって?狭い我が家とはいえ、ファンヒーターは部屋を暖めるだけの道具じゃないんだな、これが。ファンヒーターの上にはマグカップや化粧品、綿棒、お菓子、鉛筆などが所狭しと、しかも整然に置かれている。そう、ちゃんとしたテーブル代わりになっている。しかし、この季節になると物置代わりとなっていたファンヒーターも慣れない任務から解放され「やっとおらの出番だー」とほくそ笑んでいるとか。(決して片付けが面倒だからじゃないよー・・・)
一年を振り返ってみると、そう確か1月にこのコラムを書いてから・・・オホン、外遊やら、何やら、かにやら、どれやら、これやらでスマヌ、スマヌ。そんな個人的な話しは別として、天候も世情も大混迷の1年であった。夏の猛暑や度重なる台風、大雨、そして大地震、相変わらず戦火の絶えない中東、アラブの国々。自然にしろ、人為にしろ不条理な形でその被害をこうむるのは、いつも弱い立場の人たちばかり。テレビのドラマや映画、ホラー小説も越えるような信じられない事件が続けざまに起こり、メディアも煽るように次々と新しいネタを探している。
しかし、ふと思い出してみると本当に今年の夏暑かったっけ、あの事件の加害者は逮捕されたっけ、とあんなに大騒ぎしたのに、今ではもう定かでないことが多い。つい最近我が家でも深夜に地震が発生したとき「キャーッ、地震!!」と隣から体に似合わない叫び声ですっかり目が覚めてしまったことくらいしか思い出せない。(キャーッといった本人はすぐさま夢の中に戻っていったけど)物事をキチンと書きとめ、しっかり整理し、すべてを覚えている人ももちろん多いが、数年前に流行った「老人力」って私みたいに忘れていくことによる効果だったっけ。これさえ忘れてしまったけれど、老化現象は頭の中だけでなく、頭の上にもヒシヒシと迫っている。男が衰えるのは“歯、目、○○ ”の順番だというけれど(○○って何かわからない人、近くの40代のおじさんに聞いてください)私の場合、“毛、お腹、足腰”かもしれない。「抜ける頭頂は男性ホルモンの正常な結果だぜ」と “男らしい”妻君の頭を眺めて話していると、娘とその友達から「おじさん、そんなに偉くないけどザビエルみたーい」だって。へん、やっと覚えた歴史上の人物のくせに。それはいいとして、抜けるだけならまだしも、残り少ない髪に白いものも目立つようになってきた。残念ながら憧れのロマンスグレーとは程遠い。
芸術の秋よろしく、ブラックコーヒーをすすりながら映画談義にふけり、舞台での演劇に目を細め、しかめっ面で貧乏ゆすりしながらジャズを聴く、そんなこともロマンスグレーなら似合うのにと親の遺伝を今さらながら恨む日々である。
「そんなに悲しまないでも、まだロマンスグレーの年でもないでしょ。枯れ木も山の賑わいっていうじゃない」枯れ木か・・・喜んでいいのかな。枯れ木は来春には芽吹くんだけど・・・
また、食い損なった秋の味覚にたどりつけなかったかー