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森川緑ニュース

2003年02月20日

第8回《愛妻弁当》  by kakuzo 【日暮描蔵の厄落としの書き下ろし】

 ♪春は名のみの風の寒さよ♪、早春譜のフレーズも似合わなくなるほど、日中はとても暖かい。思いがけず雪の多かった今年の冬だったが、もう明日は3月。そう、もう3月。3月? 3月!!!アーッ!また今年も雛人形を出し忘れていた・・・

 片付かない仕事やら、コラムの締切やらで(今日中に書けば締切を守れたんだろうか)軟禁状態となっているので、日付や曜日もすっかり頭から飛んでいた。仕事場のあちこちのカレンダーが、気も早く3月になっている。ウー、あせる気持ちが掻き立てられる。気の早いカレンダーの写真は、もうすっかり春の陽気で、草原にかがやく緑とあざやかな黄色の花のコントラストがまぶしい。3月にもなってカレンダーの話でもないが、年の初めのカレンダー探しも楽しい。昨年まで使っていた日めくりカレンダー、毎日めくるのが正しい日めくりカレンダーとの付き合い方であろうが2・3枚一緒に、ひどい時には一週まとめてはがすこともあり、週めくりカレンダーと化していた。それでということでもないが、今年は半年分が裏表のやつを使っている。いまや生活の一部と言われるカレンダー(どこらへんで言われてるのさ)、やっぱカレンダーの王道は一月ごとのもの。しかも、四季折々の写真で彩られたオーソドックスなものに限る。写真をめくりながら「いいなー夏の海は」とか「冬の枯れた景色もおつだなー」なんて、一年分の感動を一瞬で味わえる。(安上がりな感動だな)どの季節が一番好きかだなんて、四季の豊かな国でしか感じ得ない贅沢である。寒かった冬から解放され、身も心もボーっとする春も、もう目の前。店にいけば一年中ある花も、この時期が一番輝いている。「弁当を持って山登りにでも行こうか」なんて似つかわしくない誘い文句もすらすら出てくる。

 一日3回の食事(私はたまに、極々たまに1回や2回だったりするけど)は、時間の区切りや気分転換、もちろん栄養補給にとても重要である。お昼は弁当派の私だが、春の陽気の誘われてコンビニで買った弁当を川原で広げることもある。「いらっしゃいませー、お弁当温めますか?」、温かい弁当はうれしいんだけど、果物やサラダ、ついでにお漬物までホッカホカ、贅沢なのか貧しいのか。しかも、「ありがとうございました―」、語尾ばかり伸ばしてないで客の顔を見て話せよと言いたくなる。ファーストフードのマニュアル通りのしゃべりを繰り返すお嬢さんといい、今食べた食器を片付けながらお尻を向けて「またおこしくださーい」って言うファミレスのウェイトレスといい、楽しく過ごす食事も「もう来てやんないかんな」。

 味は別として、冷めていても愛情(?)のこもったお弁当を"何が入ってんのかな"と開けるのが一番なのかもしれない。 でも、そんな簡単な楽しみさえ味わえずに戦火に巻き込まれようとしている人々のことを考えると、のんびり春の爽やかな空気を楽しめないのかもしれない。反戦活動にも参加せず、安穏と生活を送り、人任せに生きてきた私に言えたことではないが、いつの世も様々な場面で差別され、被害を負ってきたのは弱い人、普通の人ばかりである。何が正しくて、誰が悪いのか。最後のカードや切り札なんて何処にも存在しないはず。踊らされるリーダーに振り回される民衆、その民意を汲まない国家。はっきり物を言わないのは日本のお家芸であるが、「沈黙は金」とか「徳は中庸なり」なんていってられない。人殺しの片棒を担ぐのは誰でもいやなはずだ。みんな、小さい頃から教えられてきたはずである、人を殺してはいけないと。文化や宗教、肌の色、考え方の違いを認め合う世界は、やはり「イマジン」でしかないのだろうか。

 ふと真面目に考えていると、時計は夜の12時を回っている。「アレーッ!もう3月だ、雛人形、雛人形」と騒いでいると「あんまり早くお嫁にいかれるとさびしくてたまんないくせに。そんなに焦らなくても、ちょうどいいんじゃない」、だって。ゆっくりと片付けることにしよう。

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