~中津江村の旬の情報をお届けするニュースサイト~

森川緑ニュース

2002年07月20日

第1回 《28才独身女性inなかつえ》 by zaneri 【栃野ザネリの中津江ぶらぶら】

tochino_title.gif
突然ですが、私は28才の中津江娘:栃野ザネリです。もうじき29才となる身です。
 ホームページの番人・森川ミドリちゃんの依頼により、今回から徒然文を書くことになりました。しかし…。  軽く『いいねぇ!』などと返事をしたものの、う~ん…、何を書こう…。案の定、アリ地獄思考となってしまいました。でもまぁ、中津江村に住む28才の女の子(?)が日々感じる村の生活について書いてみよっかなぁ、と思います。
 第1回今回のテーマは『28才独身女性inなかつえ』。

 村に住んでいる人々にとって、若者の結婚話は最もエキサイトする話題の一つである。日頃のニュースが少ないこともあるが、何よりも村には若者がいないためだ。特に、いわゆる『結婚適齢期』なる20代の若者の生息数は極希少。しかも、20代の女性となると人口1,300人余りのナカツエでは両手で数えて余るくらい。変化の少ない生活をしていると自然とその『適齢期』の男女について話題が登る。
『○○さんちの△△くんは、いい人おらんとやろうか?』とか、
『□□さんちの××ちゃんは、●●くんと付き合いよるらしい。』などなど…。

 こんなのはまだいい。

 そのうち、本人さえもよくわからないウワサが飛び交う。
 村外の友達と車に乗っているとそれが男の子だったらもうタイヘンです。それを目撃した第1村人がまずこう叫ぶ。
『ザネリちゃんは男の人と車に乗っちょったよ!彼氏やろうか?』
そしてそれを聞いた第2村人が、
『ザネリちゃんは彼氏と車に乗っちょったらしい。結婚するとやろうか?』
と、早くも結婚話にリーチ!そして、第3村人曰く、
『ザネリちゃん、結婚相手がおるらしいよ。結納とかはいつやろか?』
……。 こうやって私の結婚スケジュールは知らない間に飛躍的に進むことになる。
そして、本人にウワサが伝わる頃の話はこうだ。
『ザネリちゃんは妊娠してるらしい。』

  コワイ…。話がデカすぎる…。しかも、情報の早さは光ケーブル並みに早いじゃないか…。

 しかし。こんなの間接的なものだからまだ救いがある。
 たまに、『直接交渉』が舞い込んでくる。いわゆる『お見合い』。ダダーン!!

ある日、うちの父から突然こう言われた。

父『おい。オマエにいい話があるっち、○○さんが言いよった。
どうも見合いの話みたいやけど、俺はようわからんき、明日オマエが尋ねて行ってみろ。』
と、いきなりの先制パンチ。

私『え~~~っ!! お見合いね!? ん~、もう、まだい~い~。』
軽くジャブ。

父『っち言っても、俺は頼まれただけで知らんぞ!オマエ、とにかく行って来い!』
私『えぇぇぇ~~~っ!?』
母『そうよ!聞くだけ聞いてみたらいいやん!それから決めたら?』
ここでゼネラルマネージャー登場…。家庭内での彼女の発言力は絶対に近い。

私『っんも~…! チッ。わかった、わかった。(ま、丁寧にお断りすりゃぁ、事は収まるか。)』
あえなくテクニカルK.O…。あひぃ。

 そんなわけで、善意ある村内の方の図らいで突然私に見合い話が舞いこんで来た。
『(今は結婚する気もないし、とりあえずお断りするのに行ってみるか。)』
と軽い気持ちでその方のお宅を尋ねた。

私 『私、まだ結婚する気が薄くてですねぇ…。』
翁 『あん…?いい人だよぉ。一回でも会ってみたら。』
私 『ん~…、いいです…。今回は。』
翁 『「今回は」って、アンタ…。次はもうないよ!自分から頼んでもこういう話は来んようになるっちゃ。』
私 『……。』

 こんなのはっきり言って脅しだ…。
 中津江の地でどっしりと構えて生きてきたことを感じさせるこの翁。
深く刻まれた眉間のシワは、この地にかつては宝石の例えとして植えられた杉の年輪にも見てとれる。
『(あぁ、この方もいろんな辛苦を経験した中津江の先輩。やっぱり 、先人の言うこともしっかり聴かねばならぬのかも。う~ん…。それにしても 耳から毛が出てるってマンガっぽい。)』
などとお見合い話とはまったく違うことが頭をよぎった。しかし、その瞬間!
 翁は眉間のシワをピクリとも動かさずこう言った。

翁 『こん人の家はねぇ、最近お母さんが亡くなって女手がなくてね。
ご飯作る人がおらんき大変らしいっちゃ。お父さんと息子さんの二人暮らしっちゃ。』
私 『ぁん…???』

 私はご飯炊き当番じゃねぇんだよぉぉぉぉ…..….…!! ぉぉ…。 ぉ…。

   この年齢で結婚してないのってそんなにおかしいのかなぁ?
 女の人ってやっぱりハマって家事やんなきゃダメなのかなぁ?
 あうぅ…。ようわからんごとなってきた。

都会に住んでる同年代の女性のみなさーん。
こんなにまでコミュニティーの発展した中津江村。一度おいでてみません?

次回は何書こっかなぁ。

第1回 《カツ丼》 by kakuzo 【日暮描蔵の厄落としの書き下ろし】

 当て字で考えた名刺の裏のキャッチコピー、「しんせんりょく森川緑」が一人歩きをはじめている。観光パンフのサブタイトルからはじまり、役場の新しい課の名前になったかと思えば、新たに開設されたこのホームページの名を仰せつかり、ついにウェブページには村の案内役、『森川みどり』も誕生し、アレよ、アレよ、という間にあらぬ方向へ・・・

"第1回 《カツ丼》"の続きを読む

2002年07月15日

第1回 「宮園神社 麦餅つきまつり」  by midori 【津江中からこんにちは】

mugimochi_image.jpg
第1回目は、今年も7月15日に行われたばかりの
「宮園神社 麦餅つきまつり」について、高校1年生の早川ひかりさんに紹介してもらいます。(文章は津江中学2年生時のものです)

こんにちは!! わたしは津江が大好きです! 津江は自然は多いし、村の人達もとってもいい人ばっかりです。 そこで今回はそんな津江のちょっとした昔話を紹介したいと思います。

 このお話は、中津江村に400年前からある麦もちつき祭りと言う お祭りについて、語った昔話です。

 宮園神社には、麦もちつき祭りがある。 この祭りは、この地方を支配していた長谷部信連が、大友氏の命で、日田や玖珠の山賊の征伐に出かけることになり、 その先勝祈願のために始めた祭りであると言われている。 そして、餅米ではなくて麦をむいて、かしの木の長棒で、男達が盛大に暴れながらついていた。 餅つき歌というのがないので、みんなワーワーと言いながらつくだけだった。

 その時、とてもみすぼらしい女が現れて歌を歌ってくれたそうである。 そしてみんなが「いわいめでたやもっつきもっつき」と覚えたころ、 ふっとその女の姿が見えなくなった。 それで「今のは老松様かもしれない。」と祭壇のほうを、 ふしおがんだということである。


 どうでしたか?この麦もちつき祭りは、今でも中津江村で毎年行われています。 今でも男の人たちが、ふんどし一枚の姿で当時のように歌を歌いながら、麦餅をついています。 私は参加したことがないけど、とても、おもしろいらしいです。 これからも、このお祭りは続けていってほしいと思います。 みなさんも一度見に来ませんか?

第1回 「宮園神社 麦餅つきまつり」  by midori 【津江中からこんにちは】

mugimochi.jpg第1回目は、今年も7月15日に行われたばかりの
「宮園神社 麦餅つきまつり」について、高校1年生の早川ひかりさんに紹介してもらいます。(文章は津江中学2年生時のものです)

こんにちは!! わたしは津江が大好きです! 津江は自然は多いし、村の人達もとってもいい人ばっかりです。 そこで今回はそんな津江のちょっとした昔話を紹介したいと思います。

 このお話は、中津江村に400年前からある麦もちつき祭りと言う お祭りについて、語った昔話です。

 宮園神社には、麦もちつき祭りがある。 この祭りは、この地方を支配していた長谷部信連が、大友氏の命で、日田や玖珠の山賊の征伐に出かけることになり、 その先勝祈願のために始めた祭りであると言われている。 そして、餅米ではなくて麦をむいて、かしの木の長棒で、男達が盛大に暴れながらついていた。 餅つき歌というのがないので、みんなワーワーと言いながらつくだけだった。

 その時、とてもみすぼらしい女が現れて歌を歌ってくれたそうである。 そしてみんなが「いわいめでたやもっつきもっつき」と覚えたころ、 ふっとその女の姿が見えなくなった。 それで「今のは老松様かもしれない。」と祭壇のほうを、 ふしおがんだということである。


 どうでしたか?この麦もちつき祭りは、今でも中津江村で毎年行われています。 今でも男の人たちが、ふんどし一枚の姿で当時のように歌を歌いながら、麦餅をついています。 私は参加したことがないけど、とても、おもしろいらしいです。 これからも、このお祭りは続けていってほしいと思います。 みなさんも一度見に来ませんか?

老松様の麦餅つき祭について   by midori 【出来事02-03】

mugimochi.jpg毎年7月15日に中津江村の宮園にある宮園神社で老松(おいまつ)様の麦餅つき祭が
催されます。この祭の由来は800年ほど前にもさかのぼります。
旅人や近郊の住民を苦しめていた盗賊を、中津江に住んでいた長谷部宗俊(中津江長谷部家
の先祖)が討伐しました。この討伐前にこの宮園神社で戦勝祈願をしたことから、
天福元(1232)年にこの戦いの様子を模してこの祭りが始まったとされています。

ふんどし 姿の氏子たちが樫の丸木棒もって現れ、お払いを受けた水場で体を清めます。
それから「わっしょい わっしょい」と声をかけながら臼の周りに集まり、餅つき歌を歌いながら
お酒を片手に麦をつくのです。最後に「あばれづき」となり、餅つきで激しい戦いが表現されます。

水を浴びたり、ささを投げたり、神社の中に臼を運んでそこでついたり、臼の上に人が
立ってついたり、とにかくその名の通り「あば れづき」でした。祭りの後は酒盛り。
宮園神社のある丸蔵校区の村人たちはこの祭りに参加することが仕事です。
朝早くからお酒に料理にと準備に取り掛かった人々。
こんな風にして大切にされてきた麦餅つき祭。
写真ではなく来年は是非生の祭りを見に来てください。百聞は一見にしかず!!(森川みどり)

Powered by Movable Type 3.11-ja